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「面白い話を聞かせてくれ」
【外国人との交流での失敗②】

2021年2月7日

 国際交流という文脈で、どれだけ外国語が堪能に扱えたとしても、乗り越えることが難しい壁がある。その1つが「笑い」だ。何を以って面白いとするかは、国によってかなり異なる。外国人の彼らが面白いと思うことが、日本人の私たちにとっては全く面白くなかったり、逆に日本人にとって面白いと思っていることが、外国人には全くウケなかったりすることがある。国によって、ウケをとるパターンが全く異なったりもする。

 アメリカのカリフォルニア州に留学していたときのことだ。当時私は、アメリカ人とメキシコ人の2人のハウスメートと暮らしていた。ある日の休日、アメリカ人のハウスメートが、自身のお酒の席での失敗談を話し始めた。5分ほどかけて話していただろうか。要約すると、親戚とのお酒の席で、1人が飲みすぎて戻してしまい、それを見た彼も連鎖的に戻してしまったということだった。要約してしまうと何のことはないが、彼の細かい描写が妙にリアルで、私とメキシコ人のハウスメートには、とてもウケた。話が終わると、今度はメキシコ人の彼が、「次は自分の番」と言わんばかりに、自分のエピソードを披露し始めた。そして彼も、数分を使って自身のエピソードを事細かに描写していったのだ。このとき私が、「これはマズい」と感じたことを覚えている。

 これはアメリカに来てから気づいたことなのだが、日本の生活で生まれる笑いは、複数人の会話や、その中で生まれる端的なツッコミで生まれることが多かったように思う。よくある「なんでやねん」のようなフレーズも、その1つかも知れない。一方アメリカでは、1人1人が4-5分かけて自身のユーモアあるエピソードで笑いを取りに来る場面が多く見られた。そして1人が語り終わると、他の者が「私の場合は、、、」と続け、それぞれがエピソードを交換するような感じだった。相手がエピソードを披露したら、自分もエピソードを披露することが、当時はある種マナーのように感じられた。

 私も、お酒の失敗の1つや2つ、ないわけではない。しかし、それを4-5分かけて、しかもある程度のオチをつけて披露するとなると、話は別だ。また、話を思いついたところで、それを当時の私のつたない英語に翻訳しながら語らなければならなかった。そんなことに思いを巡らせながら悶々としているうちに、ついにメキシコ人の彼のエピソードが終わってしまった。「さぁ、君の番だ。何か面白い話を聞かせてくれ。」友人たちは、そんな目で私をじっと見つめているのだ。私は訳も分からず話し始めた。正直、どんな話をしたのかはあまり覚えていない。支離滅裂な作り話を暫く続けていたような気もする。ただ、私が話し終わった後の、ハウスメートたちの気を遣った作り笑いは、はっきりと覚えている。ウケをとるパターンは違えど、「スベる」という空気感に国の違いはないのだと体感した瞬間だった。

 私のアメリカ留学が始まったばかりのことだった。これから乗り越えるべき壁の高さを、少々苦い感情と一緒に思い知った1日だった。

◇◇◇

yuのメンバーが、自分のエピソードを交えて、「言語学習の経験」を紹介していきます。今回は「外国人との交流での失敗」について語ります。

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