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「分からない」から「分かり合うへ」
【言葉を学んだきっかけとよかったこと③】

2021年1月3日

 北京留学の最終日、彼は泣いてくれた。空港に行く前に立ち寄った飲食店で、私の目の前で泣いていたのは、1年間の留学中、ずっと一緒に暮らしていた中国人のルームメートだ。彼とは、休みの日にカフェで勉強するときも、友だちと飲みに行くときも、ずっと一緒だった。「明日から誰と遊べば良いんだろうなぁ。」彼はそうボソボソ言っていた。私も同じ気持ちだった。1年ぶりの日本への帰国で胸が躍る思いのはずなのに、素直に喜べない自分がいた。


 そんな彼も、1年前はよく分からない存在だった。どうして彼の知り合いがいない飲み会に嬉々としてついて来ようとするのか、どうして公共の場なのに大声で話すのか。言語の違いによる意思疎通の難しさも、分からなさに拍車をかけていたように思う。一方で彼も、異国の地からやって来た私に対して、どこか分からなさを抱いていたに違いない。


 でも、時間をかけてお互いに向き合い続けることで、私たちは徐々に打ち解けていった。ある日、「お前が北京に来なかったら、オレの生活もこんなに充実してなかったよ。ありがとう。」と彼は恥ずかしげもなく言ってきた。私は照れて適当に流したが、2人が分かり合う者同士になれたのだと、はっとさせられた瞬間だった。

 言語を学んでよかったことというテーマで思いを巡らせると、彼のような個々の「人」がイメージとして浮かんでくる。もう少し言語化すれば、母語の違う彼らとの意思疎通の術を得られたことは勿論だが、それ以前に、そういったよく分からない人々と、向き合い続けようとする意思を与えてくれたことだ。そもそもこの向き合い続けようとする意思がないと、言語が堪能であろうが、自動翻訳が使えようが、分かり合うことは難しい。


 分からないものと向き合うことは、とても疲れることだ。そのため私たちは、分からないものと向き合うことを避けてしまいがちであるように思う。それでも、私が分からないものと向き合ってこられたのは、その国/言語/人々に対する思い入れがあったからだと思う。毎日のように中国語の練習に付き合ってくれた周りの人へのありがたさ、それでもネイティブ同士の会話についていけなかったときの歯がゆさ、そして、よく分からなかった人と分かり合えたときの何とも言えない嬉しさ。留学を含めた大学生活の5年間、中国語と共にした喜怒哀楽があったからこそ、よく分からない人たちと向き合おうと思えた。


 今後も、どれだけ疲れているときであっても、気が向かないときであっても、きっとこの思い入れが、分からない人々と向き合うために、私の背中を押してくれるのだと思う。

 ◇◇◇

 yuのメンバーが、自分のエピソードを交えて、「言語学習の経験」を紹介していきます。まずは「言葉を学んだきっかけとよかったこと」について語ります。

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